職場のメンタルヘルス

労働者のメンタルヘルスに関連する諸情勢

・産業社会の一般情勢

    我が国経済社会は、高い経済成長を期待しがたい環境の中で、経済活動の国際化、情報化、サービス経済化が進むとともに、生産設備の海外移転、規制改革等に伴う産業構造の変化が急速に進展している。このような経済社会情勢の下、企業間競争が激化し、企業に置ける能力主義、成果主義的な賃金・処遇制度の導入など人事労務管理の個別化も進んでおり、労働時間は長短両極へ二分化する傾向にある。

・高止まりする自殺者数

    自殺者の数は年間3万人を越える高い水準で推移している。 自殺者数の推移
    ・ 自殺は精神疾患と強い相関関係がある。(大半がうつ病との指摘も)
精神疾患で医療機関を受診している人は260万人に上っている。
従業員がうつ病などで休業した場合、その年収の2倍の経済的損失になる。
精神疾患等の労災認定件数は近年著しく増加している。労災として認定された自殺の企業の損害賠償は数千万から1億を超える額になる。
労働者自殺者数

精神疾患による労災請求&決定件数

2007年1月熊本地裁は、2002年に自殺したバイク部品製造会社の遺族に、勤務先が損害賠償を支払うことを命じた。120時間程度の時間外勤務で、うつ病を発症していた。
5月福岡高裁は、1999年に化学メーカーの男性が自殺した件で、八女労基署が労災認定しなかった処分を取り消した福岡地裁判決を支持。
5月東京地裁は、1999年に海外単身赴任先で自殺したコンサルティング会社男性の件で、八王子労基署の処分を取り消し、労災と認定。100時間残業などが原因。
6月福岡地裁は、大手ベンダー系SEが自殺したのは出張先での過労によるうつ病が原因として、福岡中央労基署の処分を取り消して労災と認定。バグ修正が間に合わず納期日に自殺。
10月東京地裁は、製薬メーカーMR男性が2003年に自殺したのは上司の暴言などのパワハラによるうつ病が原因だとして、静岡労基署の処分を取り消して労災と認定。
10月名古屋高裁は電力会社男性が自殺した件で、名古屋南労基署が労災認定しなかった処分を取り消した名古屋地裁の判決を支持。労基署の控訴を棄却した。パワハラによる自殺と認定。
2008年4月熊谷労基署は、2001年に大手電機メーカー男性が自殺した件で、仕事の過労でうつ病になったのが原因として、労災を認定。自殺直前には時間外労働が154時間だった。

・労働安全衛生法による企業責任の明確化

    平成17年11月の改正により、従業員の心の健康管理が義務づけられ、長時間労働の過労による自殺などの場合、労災と認定されるケースが多く企業側にも損害賠償責任が生じる。

・労働者のストレスと心の病

    仕事に関してストレスを感じている労働者は6割を超える。
    心の病については68.7%が増大傾向と回答。 (メンタルヘルス研究所)
    年齢層は30代が最も多い。
    メンタルヘルス上の理由により1ヶ月以上休業した労働者がいる事業所は7.6%。
    心の病の原因としてあげられるのは、「職場の人間関係」が筆頭で、以下「仕事の問題」「職場環境の問題」などが多い。
    職場のメンタルヘルス低下の原因としては、多い順に「コミュニケーションの希薄化」「仕事量の増加」「管理者の指導力不足」「労働時間の増加」

企業におけるメンタルヘルス対策の現状

    労働者健康状況調査によると、心の健康対策に取り組んでいる事業所は23.5%(H14)から33.6%(H19)に増加。
    取り組み内容は、「労働者からの相談対応の体制整備」(59.3%)が最も高く、次いで「労働者への教育研修・情報提供」(49.3%)「管理監督者への教育研修・情報提供」(34.5%)
    「専門スタッフ」がいるのは52.0%、300人以上の事業所では8割を超える。産業医が56.5%、カウンセラーは27.1%。
中小規模事業所は産業保健に係る体制が弱く、事業者の認識も不十分
    ・ メンタルヘルス対策の意義や内容に関する知識不足で取組方法がわからない。
事業所外資源についての情報不足
利用しやすい事業所外資源がなく、またそのサービスの質が不十分。

企業におけるメンタルヘルスケアの推進

・心の健康づくり計画

    労働安全衛生法の定めにより、事業場は労働者の心の健康の保持促進のための措置(メンタルヘルスケア)を、適切かつ有効に実施することが求められている。

・4つのメンタルヘルスケアの推進

1. セルフケア
    心の健康づくりを推進するためには、以下の事柄を実施する。
    ① ストレスに対する理解を深める。
労働者自身がストレスに気づき、これに対処するための知識・技法を身につける実施すること。
事業者は労働者に対しセルフケアに関する教育研修、情報提供を行い、心の健康に関する理解の普及を図る。また、セルフチェックを行う機会を与え相談しやすい環境を整えること。
2. ラインによるケア
    管理監督者は、部下である労働者の状況をや個々の具体的なストレス要因を日常的に把握し、相談対応を行う必要がある。また、事業者は管理監督者に対しても教育研修・情報提供を行う。
3. 事業場内産業保健スタッフ等によるケア
4. 事業場外資源によるケア

    上記のメンタルヘルスケア推進策の中でも、すぐに実行できるのが1と2であろう。労働者はストレスに対する理解を深め自信のストレス状況を把握しこれに対処するセルフケアと、労働者のストレス状況の日常的に把握・理解し、適切な教育研修を行い、ときにカウンセリングを管理者が行うラインケア、の2つである。もちろん管理者自身もまたセルフケアを実行しつつとラインケアをも受ける必要がある。特に、最近は30代の若手中間管理職の中でメンタルヘルス不調の傾向が強く出ている、との指摘も多い。

ストレスに対する理解

・ストレスとは

    もともとは生理学用語であり、寒冷や外傷などによって起きる精神的緊張や防衛反応、また、その要因となる刺激や状況に用いられてきたが、近年は心理的ストレスに多く用いられる。
    最近のストレス研究によると、ごく日常的に発生しているストレスの蓄積のほうが、非日常的な出来事(近親者の死や火事など)のストレスよりも心理的ストレス反応に深い影響があるとされている。
    医学的ストレス研究におけるストレス反応は、胸腺とリンパ腺の萎縮、胃腸管の潰瘍、副腎皮質の肥大、血糖の増加などだが、心理的ストレス研究におけるストレス反応は情動的反応(抑うつ、不安、怒り)、認知的反応(イライラ、集中困難)、行動的反応(仕事の能率の低下など)である。
    医学的ストレス研究では、ストレッサーがどのように疾患を発生させるか、それをどう予防もしくは治療すればよいかが問題となるが、心理的ストレス研究では、ストレッサーがどのように心理・社会的不適応状態を引き起こすか、そしてそれをどのように予防もしくは治療すればよいかが問題となる。
さまざまなストレス反応


当社刊行物

心理的ストレス反応

・SRS-18 心理的ストレス反応測定尺度

    SRS-18は、普段の生活の中で経験するストレス場面における「心理的ストレス反応」を、短時間で簡易に、しかも多面的に測定できる質問紙である。
    SRS-18は、被験者の心理的反応の強さが3つの因子別(抑うつ・不安、不機嫌・怒り、無気力)に測定できる。

・SRS-18 の特徴

    同じストレスを受けても人それぞれ固有の反応を示す。受けているストレスの強弱を測るのではなく、受けたストレスに対しどのような心理的反応を、どのくらいの強さで示しているか、を測定できるのが本紙の特徴である。
    ● 質問項目は18と少なく被験者の負担が少なく、短時間で実施できる。
高校生、大学生、一般成人の男女別と検査対象が幅広い。
抑うつ?不安、不機嫌?怒り、無気力の因子別測定ができる。
検査対象別に標準化得点が記載されているため、少人数の実施でも全体に占める位置が把握出来る。
既に一定の評価を受けている質問紙であり信頼性が高い。
SRS-18


一般性セルフ・エフィカシー(自己効力感)

・セルフ・エフィカシーとは

    セルフ・エフィカシー(自己効力感)とは、ある具体的な状況において適切な行動を成し遂げられるという予期、および確信。結果予期と効力予期の2つに区分される。 結果予期とは、ある行動がどのような結果を生み出すのかという予期。一方、効力予期とは、ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまく行うことが出来るのかという予期。

    個人の セルフ・エフィカシー が高い場合、次のようなことが指摘されている。

    1. 適切な問題解決行動に積極的になれる。
2. 困難な状況でも簡単にはあきらめず努力することができる。
3. 腹痛や不眠などの身体的ストレス反応や、不安や怒りといった心理的ストレス反応を引き起こさない適切なストレス対処行動ができ、かなりストレスフルな状況にも耐えられる。

    つまり、一般性セルフ・エフィカシーが高ければ、ストレスフルな状況に遭遇しても身体的・精神的な健康を損なわず、適切な対処行動や問題解決行動をしていけるのである。

・GSES 一般性セルフ・エフィカシー測定尺度

    セルフ・エフィカシー(自己効力感)の重要性が、臨床のみならず、教育、産業、看護、スポーツ、予防医学といった幅広い場面で認識され、利用されるようになってきた。 人間の行動を決定する要因として、先行要因、結果要因、認知的要因の3つが考えられており、セルフ・エフィカシーは行動の先行要因の主要な要素となっている。つまり、セルフ・エフィカシーは、人の行動を決定する重要な認知的変数であり、認知行動療法において幅広く測定されており、変容のターゲットとされている変数である。

・GSES(General Self-Efficasy Scale)の特徴

    このセルフ・エフィカシーの一般的な認知的傾向を測定できるのがGSESであり、アセスメントにおいても、効果判定においても利用範囲は広いと考えられる。

    ● 質問項目は16と少なく被験者の負担が少なく、短時間で実施できる。
学生、一般成人の男女別と検査対象が幅広い。
検査対象別に標準化得点が記載されているため、少人数での実施でも全体に占める位置が把握出来る。
既に一定の評価を受けている質問紙であり信頼性が高い。
GSES


セルフケア ストレス・マネジメント

・環境への介入

    ストレッサーの軽減や除去を目的として環境そのものに介入する方法が考えられる。たとえば、職場における「仕事の負担軽減」「職場ルールの改善」「設備の改善」「配置転換」「管理監督者研修によるラインケアの充実」などは、環境への介入によるストレスマネジメントである。しかし、これらは社会や事業所が推進しなければならない。

・個人による実践

    個人でできることは、内的資源の向上である。
    心理的ストレスに対処するには、自己効力感を高く持ち、社会的スキルを向上させることが、ストレスコントーロールにつながり、精神的な健康を取り戻すことができる。
    身体的ストレス反応の低減には、呼吸法や漸進的筋弛緩法、および自律訓練法などのリラクセーション法が用いられる。近年は、その効果が高いことから認知行動療法的アプローチの必要性が示唆されている。
    また、うつ病などの精神障害に関する理解度を高めることは必要であり、自分自身や同僚などが精神障害に陥ったときの職場復帰の支援にもつながる。

・認知行動療法的アプローチ

    認知行動療法は、うつ病性障害や社会不安障害などの治療や予防に大きな効果があることから、現在では世界のカウンセリングのスタンダードにもなっている。ストレス対処の効果的な技法としては、認知行動療法の中でも、認知療法、論理療法、社会的スキル訓練法、ストレス免疫訓練法などがあげられる。

    認知行動療法の代表的な療法は、認知療法や論理療法である。いずれも偏った認知を修正し精神的に健康になることを目的にしている。うつ病患者はもちろん、抑うつや不安に悩む人は概して「生真面目で責任感が強い頑張り屋」であることが多い。そういう人たちこそ企業にとってかけがいのない人なのだが、何か過剰なストレスがかかったときに、自分を責めてしまう。そして自分を責める根拠に大きな認知の歪みが見られることが多いのである。

    この認知の歪みを修整することができれば、直面する問題を解決し、あるいは将来問題が起こったときに人に頼らずとも問題解決することができるようになるのだ。
    (1) 職場・会社・仕事に関する環境/人材マネジメント状況の改善
(2) 現状の環境/マネジメント下においてストレス耐性をつけるための支援
(3) 既に、メンタルヘルスを悪化させている従業員個人への個別支援

・認知行動療法・実践カード

    認知行動療法・実践カードは、認知行動カウンセリングを容易に確実に実践できるよう工夫されたカード形式のカウンセリング・ツールである。
    カードと項目を同じにする心理アセスメント用紙を用いることによって、初学者でも認知行動カウンセリングを実施していくことができるようになっている。また、カードを用いて自分自身の考え方を見つめ直すことにより、認知行動カウンセリングの効果を実感できるとともに、自己カウンセリングのツールとしても利用できる。また、職場における研修などにも幅広く応用できるツールである。 詳細